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石神の歴史

石神地区は、源平合戦の頃、この地方でも大きな戦があり、その時負けた平家の落ち武者の一人「録部」という侍が傷を負いながらも石神の地に辿り着いたそうです。その石神の奥地にある「宮の谷」に、たった一人でお堂を守る鎮守姫という娘が録部の傷を見て一生懸命介抱し、そのおかげで録部は、元気になり、やがて二人は恋に落ち、夫婦になりました。
それから歳月が経ち、鎮守姫がこの世を去った際、録部は鎮守姫のお墓を建てたとされています。その後、録部は、石神の開拓に励み、死の間際、村の衆を集め「わしを石神鎮守草別大明神として祀ってほしい。そうすればこの石神の土地が繁栄するよう護る」と言い残してにこの世を去ったと伝えられています。

石神の梅栽培

和歌山県田辺市の山間部に位置する標高250mの石神地区は、標高400mの大蛇峰をはじめとする山々に囲まれた集落です。昔から作物が育ちにくい土地で、紀州の特産品である備長炭を造って生計を立てていました。
この地で梅栽培がはじまったのは江戸時代に田辺藩下において重税に悩まされていた民が、竹や梅しか育たぬやせ地は免租地となることから、重税を免れる意味もあって、梅を栽培したことが始まりと言われています。その後、明治22年(1889年)の大水害で標高400mの大蛇峰が、まるで半分に割れたように大崩落し、山裾の田畑が押し流され埋没しました。田畑を失った石神の人々は、崩落した大蛇峰の山肌に梅を植えたのが本格的な梅栽培の始まりとされています。

沿革

江戸時代

梅の租税が免除され紀州で梅栽培が盛んに行われるようになる。

1889年

明治の大水害によって大蛇峰が崩落、崩落した山肌に梅を植え本格的な梅栽培が開始される。

1913年

先代、濱田武次郎が先祖代々受け継いできた石神地区の梅畑を相続。

1915年

先代、濱田武次郎が塩漬けした梅を樽に詰め築地市場等へ販売する。

1963年

先代、濱田武次郎が石神地区を石神梅林として開園し観梅客を呼ぶ。

1981年 4月5日

現、社長が地元石神で調味梅干の製造販売を始める。

1988年 4月5日

株式会社濱田を設立。

1989年 4月4日

本社工場を現在の田辺市上芳養に移転。

1992年 8月21日

個人・通信販売の会社として株式会社石神邑の開業。

1992年 10月31日

上秋津工場の開設

1995年

パイロットファーム造成事業の開始。

1996年 7月30日

上秋津工場を閉鎖し、現在の芳養工場に移転。

1993年

石神梅林を紀州石神田辺梅林と改名。田辺市で唯一の梅林として開園。

1998年

パイロットファーム造成事業の着工。

2005年 6月2日

先祖代々受け継いできた畑を農業生産法人株式会社濱田農園として法人化する。

2006年

パイロットファームの完成。
工事概要【総事業費:13億5000万円、受益面積:28.4ha、圃場面積:24ha、水路兼用道路 延長:4000m、排水路工 延長:2000m】

2006年 6月21日

リキュール製造免許を取得。梅酒の製造販売の開始。

2008年 10月1日

原料梅供給会社として濱田商店を設立。


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株式会社 濱田
〒646-0101 和歌山県田辺市上芳養391
TEL 0739-37-0044/FAX 0739-37-0177